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「普通は」で考えると、そこから出られません

全体の流れ2026.09.01久田 晃

「普通は」で考えると、そこから出られません

何かを考えるとき、すでにある言葉をそのまま使っていないでしょうか。

世の中にある定義、誰かが決めた正解、みんなが使っている表現。

私にも、つい頼ってしまうところがあります。

ただ、そこで一度立ち止まってほしいと思っています。

既存の言葉にとらわれることで、失っているものがあります。

今回は、その話を書きます。

久田 晃久田 晃
私は言葉を疑うところから考えます。誰かが決めた定義のまま考えても、その定義の中しか出てこないので

「普通は」から、考え始めていませんか

「普通はこうする」「常識ではこうだ」。

考えるときの入口が、この言葉になっていることがあります。

普通も常識も、もともと世の中にあったものです。

誰かが作り上げたもの、世の中が自然に形作ってきたもの。

それ自体が悪いわけではありません。

先人の知恵や経験が詰まっているものも、たくさんあります。

問題は、そこから考え始めると、そこから出られなくなることです。

楽だから、そこに頼ります

なぜ、すでにある言葉を使ってしまうのか。

理由ははっきりしています。

批判されづらいからです。

そして、単純に楽だからです。

「みんなやっている」という安心感もあります。

自分で定義し直すのは、手間がかかります。

間違っているかもしれない、と怖くもなります。

だから多くの人が、既存の言葉のまま考えます。

安全ではあります。ただ、安全なだけです。

言葉の枠に入ると、思考もその枠に入ります

既存の言葉にとらわれすぎると、何が起きるか。

新しい視点が、出なくなります。

新しい発想やアイデアが、浮かびづらくなります。

言葉の枠に収まった瞬間、思考もその枠の中に閉じ込められてしまう。

元からある定義の範疇に、収まってしまうからです。

そして、その中で答えを探すことになります。

範疇の中で探す限り、出てくる答えも範疇の中のものです。

安全かもしれません。

ただ、そこから新しいものが生まれることは、ほとんどありません。

1だから、一度噛み砕きます

私がやっているのは、単純なことです。

既存の言葉を、そのまま受け取らない。

一度、自分の中で噛み砕いてみる。

それだけです。

噛み砕くというのは、自分の言葉に置き換えるということです。

久田 晃久田 晃
言葉を置き換えるのは、遊びではありません。私にとっては、考える範囲を広げるための作業です

私は「マーケティング」を、優秀な配達員と呼んでいます

ひとつ、実際にやった例を書きます。

「マーケティング」という言葉があります。

この定義は、人によってかなり変わります。

教科書的な説明も、さまざまです。

私はこの言葉を、自分の中で再定義してみました。

私にとってのマーケティングは、「優秀な配達員」です。

届けるべき人に、その人が本当に欲しいものを届けること。

それが、私にとっての本質です。

この言い方にした途端、考えることが変わりました。

  • 「届けるべき人」は誰なのか
  • 「欲しいもの」とは何なのか
  • その人は、どんな感情を抱いているのか

この3つが、自然と出てくるようになりました。

1増えたのは答えではなく、問いでした

自分の言葉に置き換えて、何が起きたか。

「その人が欲しいと思うものって何だろう」。

まず、この問いが生まれました。

さらに、こう考えるところまで行きました。

「この人は、どのような感情を抱いているんだろう」。

既存の言葉のままだったら、ここまで考えていません。

元からある定義の中にいると、その範疇でしか動けません。

自分の言葉で再定義した瞬間に、思考の幅が広がります。

広がったのは、問いのほうでした。

「普通は」も、誰かが決めた正解です

これは仕事だけの話ではありません。

暮らしでも、同じことが起きています。

「普通はこうする」「常識ではこうあるべき」。

この言葉で考え始めた時点で、答えの範囲は決まっています。

誰かが決めた正解の範疇からは、出られないからです。

自分の人生の話をしているのに、使っている定義は他人のものです。

それでは、自分の答えが出てこないのも当然だと思います。

1自己否定も、その枠から出てきます

自分を責める言葉も、同じところから来ています。

「普通はこれくらいできる」。

この枠があるから、できない自分が責められます。

比べている相手は、目の前の誰かではありません。

誰かが決めた「普通」という言葉のほうです。

その言葉を、自分で定義し直したことがあるでしょうか。

一度も疑わないまま、基準として使い続けている。

自己否定の入口は、そこにあると私は思っています。

一度立ち止まって、自分の言葉に置き換えます

  • 既存の言葉をそのまま使わず、一度立ち止まる
  • 自分なりの表現で置き換えてみる
  • その再定義から生まれた問いを大切にする

やることは、この3つです。

正しく定義し直す必要はありません。

教科書に合っているかどうかも、関係ありません。

自分の言葉になっているかどうかだけです。

普段何気なく使っている言葉を、一度立ち止まって考えてみる。

そこに、新しい発想の入り口があると思っています。

久田 晃久田 晃
発想力がないのではありません。使っている言葉が、他人のものだっただけだと私は思っています

まとめ

今回は、既存の言葉にとらわれない、という話を書きました。

私たちUKERUのバリューに「既存に囚われるな」があります。

今日書いたのは、まさにその話です。

誰かが決めた正解の中に収まるのではなく、自分の視点で世界を見つめ直す。

それが「なりたい自分になれる」ための第一歩だと感じています。

「普通は」で考えている限り、普通の中にしかいられません。

そこから出るのに、才能はいりません。

言葉を、自分のものにするだけです。

「普通は」は、誰かが決めた言葉です。

言葉を自分のものにした瞬間、思考は自由になる

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